アイドルイオたん1


繁華街を抜けると雑踏や店の明かりが極端に少なくなり、街は閑散としてしまう。
少年は時折後ろを振り返りながら、いつもより早く響く自分の足音を聞いていた。
「まだついて来てる…っ」
先ほどまで小さなステージに立って、女性のような恰好でミニスカートを履いて踊っていた少年はイオスという名で、事務所には所属していないが、アイドルをしている。元々欠員を埋める為に友人に頼まれたのを渋々引き受けてしまったのだが、予想以上に反応が良く一回きりのつもりがもう一回と続き、辞めるタイミングを逃してしまった。
午後のステージが終わって、仲間と別れた後、1人のファンが離れた所からこちらを伺っているのに気付いた。人混みに紛れてしまえば大丈夫と思っていたのだが、どうやらまだ追ってきているようだった。
「とにかくホテルに入っちゃおう…!受付の人に事情を話して、警備員さんに連絡してもらえば…」
最近では小さなホールの客席は満員になるようになったが、メジャーデビューしているわけでもなく、かといって大きな志もない自分が“アイドル”と名乗るのには多少抵抗があったが、この際仕方がない。ようやくホテルの看板が見え、少し安心できた。
自動ドアが開く間も惜しい程に感じる。早くチェックインして部屋に…と、足早に進んだところで、何かにぶつかってしまった。
まだこちらを見ているのに気を取られていたせいだ。
「わ、す、すみません…っ」
目の前には黒いコートと、長い赤い髪だけが見えた。背中を向けた相手は、頭一つ分も自分よりも背が高かった。視線を上げる。
「いや…、失敬」
聞き覚えのある低い声が、勘違いではない事は振り向いた男を見てすぐに解った。
テレビで見覚えのある俳優…、そう、主役を演じる事こそ少ないが、実力があると定評で、アクションシーンを演じれば右に出るものは居ないと言われているベテラン。ルヴァイドだった。

「え、本当にすみません…!でもいや、なんで…!??」
こんな所にいるわけのない相手に、自らの不注意でぶつかってしまった。自分の事を知っているわけはないのだが、緊張と申し訳なさでひどく動揺してしまう。混乱しながらもとにかく理由を説明するべきかと考え、目の前の事態に頭の中が真っ白になっていたが、何故急いでいたのか、ハッと頭の中をよぎった。
入口の自動扉を振り返ると、ガラスの向こうに僅かに男が映る。
偶然とはいえ、こんな有名人と会っているところを見られては、誤解されかねない。ましてや写真でも撮られて流されてしまえば、取り返しのつかないことになるのは目に見えていた。
「……どうした?」
「いえ、その……知らない人が、ついて来て…。でも、部屋に入ってしまえば大丈夫ですので」
言いながら足早にフロントへ向かった。
せっかくのチャンスなのに、少しでもお話しをしたり、握手でもしてもらえたら…!
悔しい思いもするが、とにかくこの場から離れることが第一だ。
手早くチェックインを済ませて、移動しようとエレベーターへ向かう。
数歩進んだところで怪しい男の事を伝えていない事に気付き、もう一度フロントへ向かおうとした時だった。
不意に肩を抱かれ引き寄せられる。
「あの男か」
「えっ…!?」
耳元で囁かれて、髪が頬を掠った。
見れば、すぐ近くにルヴァイドの端正な顏があり、赤い瞳がイオスを映している。
ちらりと入口を探ると、服の色など多少は解るが、大部分が壁に隠れていて正しいかは確認できなかった。
「そう、だと思います…」
それよりも、この距離の方が問題だ。
力強い腕が肩に回り、体の半分が重なっている。こんな恋人のような距離で、すぐ間近で見つめられて…
心臓がドキドキ鳴って止まらない。真っ直ぐに見られずに視線を落とすと、コートの下に同じ黒のスーツが見え、キレイに磨かれた靴が床の上に存在感を示していた。
「そんなことより、ル、ルヴァイドさん…ですよね!?こんな所、見られたら勘違いされますよ!?」
慌てて離れようとすると、なぜか更に強い力で引き寄せられ、もう片手で顎をクッと掬い上げ、上を向かされる。
「恋人だと思わせておけ。その方が諦めるだろう。」
だからって、こんな人選はないだろう…!戸惑うばかりのイオスにお構いなく、ルヴァイドの顏が更に近づいてくる。思わず目を閉じてしまうと、追い打ちをかけるように不意に唇に何か感触が訪れた。
それはすぐに離れて、再び口を覆うように触れてくる。今度は湿った物が乾いた唇を潤すようになぞり、近すぎる距離に相手の息が顔にかかった。
「ん、あ…っ」
キスをされている…
そう気づくまでに、数秒かかった。
いつの間にかしっかりと腰を押さえられて、動くこともできない。
突き飛ばすわけにもいかず、両手でコートの肩の腕をギュッと握った。
舌と舌が触れ合い、唾液が溢れて顎を伝う。
(これは、恋人の演技…って事…なのかな?)
「……、ふぁ…、んん…っ」
口内を厚みのある舌で蹂躙されて、飲み込む唾液がどちらのものとも解らない。キスだけでゾクゾクとした熱が生まれ、体中が何かを求めてしまうようだった。
ずっとテレビで見て憧れていた相手が目の前にいるだけでなく、何度も口付けてくる。有り得ない現実に、眩暈がしそうだ。
どうしたらいいか解らず、ゆっくり瞼を上げると、ルビー色の二つの瞳が射貫くように見つめていた。
恥ずかしさに頬が真っ赤に染まる。
大事なもののようにしっかりと抱き締められ、逃げられなかったが、顔を反らして何とか声を出した。
「あ、あの…もう…」
「…む、そう…だな」
瞬きをして、唇が離れていく。
少し寂しく感じながら、エレベーターの前に立った。
(僕からキスしたくても、ちょっと届かないかな…)
そんな事を考えてしまって、慌てて打ち消す。エレベーターに乗り込む間も、男の手はイオスの腰に回されていた。
「僕は6階で降ります」
狭いエレベーターの扉が閉まり、階を示すボタンを押そうと手を伸ばす。
「…待て、降りる階を見ているかも知れん。とりあえず俺と来い」
「え…、あ…」
降りる事を阻まれ、閉まったまま通り過ぎるドアをただ見た。11階で止まり、促されるまま降りる。
扉は再び閉まり、誰もいない狭い廊下が目の前に広がっていた。


(なぜあのような場所で、あんな事をしてしまったのか…)
ルヴァイドは己の行動に多少の困惑を覚えていた。
最初は、キスをするフリでもしてみようかと思っただけだった。
顔を近づけただけでギュッと目を閉じた仕草が可愛く、思わずそのまま口付けてしまった。それだけで済ませれば良かったのだが、肩を竦ませただけで反応がなかったので、ついもう一度繰り返した。
舌で触れると、戸惑っていた手が肩にしがみついてくる。白い手に誘われるように口内を探れば、溜息にも似た吐息がこぼれた。
「ん、あ…っ」
逃さないように腰を引き寄せ、更に深く堪能する。色素の薄い肌はすぐに朱に染まり、甘えるようにコートを掴む仕草は、今まで会った誰よりも魅惑的だった。角度を変えて何度も口内を弄りながら、瞳にかかる薄い金の髪が震えるのを眺めた。柔らかそうな髪に、触れてみたい誘惑にかられる。
「あ、あの…もう…」
躊躇いがちの制止に、ようやく自分が口付けに夢中になり、一回りも小さな体を強引に抱き締めていた事に気付いたほどだった。
何とか取り繕ってエレベーターに乗ったが、このまま別れるのは惜しく感じた。ここで別れては、もう会えないかも知れない。
そんな事が頭をよぎったせいか、次に出た言葉は自分でも信じられないものだった。

 とりあえずここまで!
続きは書ければ!!(笑)
ちょこっとしたマンガとかも追加予定です
アイドルイオスの魅力は無限大です